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【きのう何食べた?】ゲイ役男性を主演女優賞へ!への違和感【LGBT+@】

みなさんドラマは好きですか?私は恋愛ものからサスペンスまで、ドラマをよく見ます。現在ブラジル在住ですが、日本のドラマもチェックしています。

今、私の中で最も注目しているドラマが「きのう何食べた?」という、ゲイカップルの日常生活を描いたドラマです。ネット界隈でもとても注目されているようで、Twitterではケンジ役の内野聖陽さんを主演女優賞へ!という声も聞こえてきます。

W主演の西島秀俊さん・内野聖陽さん、その他わきを固める俳優陣もすばらしく、なんらかの賞をとってもおかしくない(むしろとるべきだ)と思うのですが、LGBTの権利向上活動が活発に行われているブラジルから見ると、ゲイ役男性を主演女優賞へ!という動きに凄く違和感を覚えるのです。

今回は、私がなぜ違和感を感じるのか。ゲイ役男性を主演女優賞へ!という意見が平気で言えてしまう社会って正しいのか、少し考察していきたいと思います。 

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「きのう何食べた?」って?

まずは「きのう何食べた?」ってどんなドラマか、なぜゲイ役男性が「主演女優賞へ!」で盛り上がっているかについて、簡単にご説明します。

あらすじ

筧史朗(西島秀俊)は街の小さな法律事務所で働く雇われ弁護士。
史朗の日課は、定時に事務所を出た後に近所の安売りスーパーへ向かうこと。お買い得な食材をすばやく吟味しながら、頭の中で瞬時に夕食の献立を組み立てていく。月の食費を2万5千円以内に抑えるのが史朗にとっての重要課題なのだ。
帰宅した史朗は早速夕食づくりに取りかかり、三品のおかずと炊き込みご飯、味噌汁を手早く仕上げる。そしてちょうど夕食の支度が調った頃、帰宅してくるのが同居する美容師の矢吹賢二(内野聖陽)だ。二人は”シロさん“”ケンジ“と呼び合う恋人同士。二人で食卓を挟みながら取る夕食の時間は、日々の出来事や想いを語り合う大切なひととき。
ある日、連れ立って歩いていた二人は賢二の美容室の常連女性客・千石さんと出会う。千石さんは史朗を見るなり「この人が例の彼氏さん?弁護士で女役っていう・・・?」。それを聞いた史朗の顔色がサッと変わった。周りから偏見を持たれることが嫌な史朗は、自分の素性を職場に公表していなかったが、賢二は職場どころかお客さんにまで話していたのだ。これは・・・今夜の食卓は波乱の予感?
シロさんとケンジのほろ苦くもあたたかい毎日と、日々の食卓を描いた物語の始まりです。

 ※公式ドラマHP「きのう何食べた?」より

ドラマ24 きのう何食べた?|主演:西島秀俊・内野聖陽|テレビ東京

内野聖陽さん演じるケンジについて

このドラマでW主演となっている内野聖陽さんを主演女優賞へ!とTwitterを中心に盛り上がっています。というのも、内野聖陽さん演じるケンジが本当にかわいらしく、恋する乙女のようだからです。

主演女優賞へ!というのは、あくまでケンジ(もしくはケンジ演じる内野聖陽さん)へのほめ言葉として使われているようです。(=とてもかわいらしくて、女性以上に「女性的」という意味で使っている人が多いように感じます)

ゲイ男性を主演女優賞へ!への違和感

ゲイは性同一性障害にあらず

さて本題です。先ほども書きましたがTwitterを中心に、ケンジの可愛らしさから内野聖陽さんを「主演女優賞へ!」という声が盛り上がっています。

(私はあくまでドラマしか見ておらず)原作の漫画ではそういう描写があったのかはわかりませんが、少なくともドラマでは、ケンジは「男性として男性が好き」です。いかにケンジのしぐさが可愛らしくとも、ドラマにはひとかけらもケンジが「女性」になりたい、性別に悩んでいるというエピソードはありません。彼は男性です。

まず違和感を感じた点に、ゲイは性同一性障害ではないということ。

主演女優賞へ!というのがほめ言葉で使われているのは理解しています。ケンジが本当に存在するなら、ひょっとしたら「女優賞」も喜ぶかもしれません。でも、ゲイは「男性」です。いかに繊細な神経を持とうとも、しぐさが可愛らしくとも、男性を好きであろうとも、私たちは彼らを「男性」としてそのまま受け入れるべきだと思うのです。

LGBTに良くも悪くも無関心な日本

 冒頭にも書きましたが、私がいるここブラジルはLGBTパレードや、法的に同性婚を認めるよう働きかける活動が活発に行われています。

逆にいえば、ここブラジルではLGBTの人たちが社会に受け入れられてないと感じているからこそ、LGBTパレード等権利向上へむけての活動が活発だともいえます。

というのも、ブラジルは国民の90%以上がキリスト教徒の国で、キリスト教の教えではLGBTは受け入れられないものだからです。もちろん、キリスト教徒といっても信仰の深さ(あるいは宗派)には程度の差が非常にあるので、LGBTをすんなり受け入れられる人、そうでない人の差がでてきます。ですが、無意識に私たちの考えや常識というのは宗教の影響を受けています。LGBTが「悪」という概念があるからこそ、LGBTパレード等社会に受け入れてもらう活動が必要だったのです。

 さて、日本についてです。日本人の考えや常識というのは仏教や神道をベースに作られているので、LGBTというのは受け入れやすい、というより「勝手にやって」というように感じます。衆道なんて言葉があるように、日本ではゲイといった同性愛がわりと昔から一般的で、そもそもLGBTが「悪」という概念そのものがないのです。

これがよくも悪くもLGBTに無関心な日本をうみだしたのかなと思います。

LGBTは特に「悪」でもないから、そうしたかったらそうすればいい=無関心という図式になっているように感じます。

だからこそ、悪気や差別意識無くゲイを漫才のネタに使って笑いととったり、今回のように一種のネタ的に「ゲイ役男性」を主演女優賞へ!といえてしまうのだと思います。

LGBT、どんな人もありのままで

ポリコレはうんざりするけれど

 多様な人種が入り混じったブラジルでは、ポリコレ(※ポリティカル・コレクトネスの略、年齢や職業、性別、宗教、人種などで差別・偏見を受けることがないような表現)にもとても厳しいです。インターネットの発達で、色々な国の意見や状況が共有できるようになった今、ブラジルだけではなく世界中でポリコレに厳しくなっています。

私も「こんなことまで気にする!?」と思うことも多々あります。

でも、日本に限って言えば、もうちょっとポリコレについて大手マスコミ含めて勉強したほうがいいように感じます。

付け鼻をつけて外人に扮した広告をだした大手日系航空会社、顔を黒塗りにしたコントを演じた某大物コメディアン等々、確かに日本内でそれは差別的表現ではなかったかもしれませんが、すぐに世界中に映像・発言が発信されるこのご時勢、その表現が世界の誰かを傷つける可能性があるということを意識するべきなんだと思います。※ちなみに、本当に内野聖陽さんに主演女優賞を与えたら、多分世界中でバッシングがおきると思います。

LGBTがそのまま受け入れられる日本へ

LGBTに無関心である日本、でもそれってそもそもLGBTが「悪」という概念がないことの現われで、悪いことだけとは考えていません。でも、そろそろもう少しLGBT含め社会的マイノリティーにも目をむけてみるべきだと思います。

ゲイといっても、ケンジのように(いわゆる)女性的な一面がたくさんある男性もいますし、シンジのように几帳面で真面目な(いわゆる)一般的な男性もいます。美容関係に非常に気を使う人もいれば、それに無頓着な人もいます。

性的嗜好が「男性として男性が好き」なだけで、異性愛者と何もかわらないのです。

(今回の場合は褒め言葉とはいえ)ゲイ役男性をネタ的に「主演女優賞へ!」といえてしまうことが、実は差別表現であるとそろそろ気付いてもいいんじゃないでしょうか。  

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