Brasil x Brazil

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【きのう何食べた?】どんな人もありのままで。どんな人も自由に。【LGBTQ、ボディポジティブ、フェミニズム、、、】

皆さんドラマはみていますか?私はドラマ・映画が大好きです。ブラジル在住ですが、しっかり日本のドラマもチェックしていますが、今期一番よかったのがタイトルにもある「きのう何食べた?」というドラマです。

今回はこのドラマの感想に絡めながら、きっとこれからは全ての人がありのままで、自由に生きていくことができる、生きていくことを目指す世の中にかわっていくんだなという、確信に満ちた希望を語っていきたいと思います。

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マイノリティが「存在できる」日本に

「きのう何食べた?」とは

まずは、色々語る前に「きのう何食べた?」を知らないひとのためにあらすじを

筧史朗(西島秀俊)は街の小さな法律事務所で働く雇われ弁護士。 史朗の日課は、定時に事務所を出た後に近所の安売りスーパーへ向かうこと。お買い得な食材をすばやく吟味しながら、頭の中で瞬時に夕食の献立を組み立てていく。月の食費を2万5千円以内に抑えるのが史朗にとっての重要課題なのだ。

帰宅した史朗は早速夕食づくりに取りかかり、三品のおかずと炊き込みご飯、味噌汁を手早く仕上げる。そしてちょうど夕食の支度が調った頃、帰宅してくるのが同居する美容師の矢吹賢二(内野聖陽)だ。二人は”シロさん“”ケンジ“と呼び合う恋人同士。二人で食卓を挟みながら取る夕食の時間は、日々の出来事や想いを語り合う大切なひととき。

ある日、連れ立って歩いていた二人は賢二の美容室の常連女性客・千石さんと出会う。千石さんは史朗を見るなり「この人が例の彼氏さん?弁護士で女役っていう・・・?」。それを聞いた史朗の顔色がサッと変わった。周りから偏見を持たれることが嫌な史朗は、自分の素性を職場に公表していなかったが、賢二は職場どころかお客さんにまで話していたのだ。これは・・・今夜の食卓は波乱の予感?

シロさんとケンジのほろ苦くもあたたかい毎日と、日々の食卓を描いた物語の始まりです。

 テレビ東京公式HPより

イントロダクション(原作情報・Pコメント)|ドラマ24 きのう何食べた?|主演:西島秀俊・内野聖陽|テレビ東京

「きのう何食べた?」の何がすばらしかったか

「きのう何食べた?」のすばらしさは、語り始めたらキリがないです。W主演の西島さん内野さんをはじめとした俳優陣をはじめとして、シナリオ・小物・演出といい、ただただ良かったというほかありません。

ですが、個人的にこのドラマの一番すばらしかったところは

ゲイカップルの日常を、日常としてあつかったところ

だと思っています。LGBTQをあつかったドラマはこのドラマだけではありません。ですが、その他のLGBTQといったマイノリティを扱った作品は、そのマイノリティがかかえる問題にフォーカスをあてて、日常とはまた違った観点のものがほとんどでした。

もちろん、このドラマではシロさんがゲイということで、自分の家族との関係について考えるシーンもありましたが、あくまでシロさんとケンジの日常の中の一部として描かれていました。

ゲイはたんなる性的嗜好であって、大多数をしめる異性愛者となんらかわるところはないこと。それらの人が、普通に日常をおくっていること。人と人が思いあうとき、大事なのはお互いの心のあり方で、性別は関係ないんだと改めて教えてくれたドラマでした。

マイノリティが「存在できる」日本に

私はブラジル在住です。人生の半分以上を海外ですごしています。

外から日本を見ると、(よくも悪くも)日本は本当に全てが平均的な国で、まるでマイノリティが存在しないかのように見えます。LGBTといった性的嗜好の話だけではなく、人種構成、生活レベル、教育レベル、思想・信条といったところまで、本当に似通っています。これは別に日本を咎めているわけではありません。むしろ、自分がその「平均」の中に入っているのであれば、日本ほど生きやすい国もないと思っています。

私がいるブラジルは貧富の格差が本当に激しいです。平均なんてありません。その貧富の格差は生活レベルはもちろん、教育レベル・考え方にも影響をおよぼしてきます。自分と(生活)レベルの違う人と話すと、あまりの考え方の違いや教育レベルの差で、会話が成り立たないこともよくあります。

ですが、ブラジルではマイノリティが「存在」できます。平均でくくれないこの国では、マイノリティであることが特別なことではないからです。

日本はマイノリティでいること=平均から外れることだと思います。そして超平均的な日本という社会において、平均から外れることは「社会から外れること」です。

だから日本のマイノリティは声をあげない、あげれない。存在するのに、存在できない。

※日本社会の平均性について考察した記事は以下をどうぞ 

viagemxvida.hatenablog.com

 でも、この「きのう何食べた?」は、私に日本の「可能性」を見せてくれました。

なにげないゲイカップルの日常をそのまま地上波で放送できること、それを受け入れる視聴者がいること。

マイノリティがありのままで存在していることを、わざわざ「LGBTQ」を特別フォーカスすることなく受け入れた日本社会。

まだまだ日本はマイノリティとして声を上げづらいことに変わりはないけれど、少しずつ変化しているんだなと感じました。少しずつでも、マイノリティが「存在」できる日本になってきているのです

声をあげるマイノリティたち

 LGBTQ・プライドパレード

先週はLGBTQの祭典、レインボーパレード(プライドパレード)が世界の色々な年で開催されました。ここブラジルでもリオデジャネイロやサンパウロといった大都市を中心に盛大な盛り上がりをみせました。

ブラジル人の友人は「最近のレインボーパレードは、昔のように(性的マイノリティを認めてもらおうという)信念をもって行われていない。たんなる飲みながら騒ぐお祭りになってしまった」と嘆いていました。

でも私は「性的マイノリティ」が社会の一部になった=社会にはすでに存在を認められたことの現われではないのかと思いました。もちろん同性婚を認めるといった法的整備はまだまだ整っていませんが、性的マイノリティだからといって世間から排除されることがなくなった=お祭りとして楽しめるレベルになったのだと、声を上げる必要すらなくなるレベルになってきたのだと思います。

※ブラジルはキリスト教国家(同性愛を認めない)で、LGBTQに対する目はむしろ日本より厳しかったんですよ

フェミニズム・ボディポジティブ

最近のブラジルは、フェミニズムやボディポジティブのムーブメントも活発になってきてます。

※フェミニズム→男女同権を目指す動き(女性の権利を男性より強くするフェミズムとは違う)

※ボディポジティブ→画一的な美の基準から解放されて、外見や体型の多様性を受け入れる動き

両方とも「女性はこうあるべき」という型からの脱却を目指すという点で、よく似ています。女性は数的にはマイノリティではありませんが、社会的に弱い立場であることがいまだに多く、一種のマイノリティといえると思います。

男目線で作られた女性の体の美の基準に当てはめるのではなく、(細くても太くても)自分らしい美しさを認めること。

女性だからこうあるべきではなく、女性でも男性でもやりたいことがあったらやってみること、体力差等で難しいなら、それを克服する手段を社会として考えること。

 男性だってそうです。男性だからこうしなくてはいけないなんて思う必要はないんです。やりたかったらやればいい。

自分らしくいるために、マイノリティが声をあげ始めています。 

どんな人もありのままで。どんな人も自由に。

日本でボディポジシブやフェミニズムの活動をあまりききません。

ですが、このドラマのように普通にゲイカップルを受け入れるようになってきていること、ブスいじりを拒否する女性芸人さんがでてきたこと、体型の太い女性芸人さんがGAPの広告塔に抜擢されたこと・プラスサイズむけファッションブランドをたちあげたこと、日本も少しずつかわってきているんだと思います。

LGBTQのレインボーパレードやボディポジティブ・フェミニズムの活動も、結局のところ目指すのは

どんな人もありのありのままで。どんな人も自由に。

というところなんだと思います。

行き過ぎたボディポジティブ(太った人を賞賛しスリムな人を非難する)や、行き過ぎたフェミニズム=フェミズム(女尊男卑)は全く日本にはいりませんが、遅かれ早かれこのムーブメントも日本に入ってくると思います。

「きのう何食べた?」で、私は日本の可能性をみました。

そして、日本は思いのほか柔軟だなとも思いました。柔軟で頭の良い日本人のこと、ボディポジティブもフェミニズムも、しっかり消化して社会に浸透させていけると信じています。 

viagemxvida.hatenablog.com 

www.viagemvida.com